参考図書について

ブルーバックスで、いくつか関連ありそうな良書を見つけました。

 

「新薬に挑んだ日本人科学者たち」 塚﨑朝子 著

 薬学部の学生にとってとてもよいと思うのは、よく知られた薬について、その構造最適化に関する部分の議論、特に構造式を含めたプロセスがよく描き出されているところである。こうやって最適化されるのか!課題が解決されるのか!という考え方がよく見える。そのくせ新書で、気軽に手に取れる本だと思う。

 薬が世の中に出たあと、その開発の過程はとかく成功潭として語られる。しかし、この本のように開発プロセスを描き出していくと、すいすいと実用化まで進むケースはなく、どんな薬でも開発上の、また研究テーマの行き詰まりにぶちあたっている。でも、いろいろなやり方でそれを回避したり突破したりできたのだな、ということが感じられた。そして、意志の力は重要なのだと改めて思った。

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 姉妹編として「iPS細胞はいつ患者に届くのか」が岩波科学ライブラリーから出版されています。新しい多能性幹細胞の発見と応用の可能性に沸くこの頃です。研究者たちの熱い魂に加え、医療の実現化に向けてどのようなことが必要なのかを学ぶことができる本です。

 

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「HSPと分子シャペロン」 水島 徹 著

 高校生にもわかるように、というコンセプトのもと、分子シャペロンについて熱く、そしてわかりやすく語られている。

 特に面白いと思ったところは2つで、(1) 著者自身の研究についての記載は、研究者としての感情、特に仮説をたてるプロセスとこれを実証する実験部分のプロセスがうまく同調したときの快感が活き活きと描かれているところ、(2) 細胞内における蛋白質分子の混み具合とその振る舞いが手に取るように描かれているところである。

 自分の講義でも語ったが、ポリペプチド鎖にはその配列自身に高次構造をとる情報があり、適当な条件で正しく折り畳まれる「ことがある」。本書で「呪縛」と表現されているように、アンフィンセンの概念は時に一般化されすぎている。細胞内における翻訳の場を考えると、かちっと言う間に数万個の蛋白質ができていること、正しく折り畳まれるにはそれなりに手間がかかること、結局出来損ないが生じること、がリアルなところだと思う。このあたりが活き活きと表現されている本は意外にないように思う。 

 余談だが、蛋白質を等身大に拡大して小胞体の中を見るとホラー映画のように見えるかも、とふと想像した。

 

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「科学者の卵たちに贈る言葉」 笠井 献一 著

 私が敬愛する笠井献一先生の著書です。研究室内で江上不二夫先生(今は昔となりますが、東大理・生物化学科)が述べられた、一見素っ頓狂で、実は本質を突く名言の数々と、その背景となる研究生活の心象風景が描かれています。

・人真似で構わない 

・つまらない研究なんてない

・実験が失敗したら喜びなさい などなど

 ラボ内の様子がいろいろな場面に垣間見えますが、研究室に配属されてからでないと、この現場感は実感できないかもしれません。

 文中には生化学にまつわるこぼれ話がちりばめられています。私が面白いと思ったのは「ゲルろ過」事始めで(←これも講義で出てきた)、ありそうな失敗?偶然?からみつかったのだ、ということを知りました。ハプニングをただの偶然で終わらせずに追究した結果として実験手法が確立されたこと、さらにこの方法が汎用性のある方法として世界中の生化学者、分子生物学者に拡がったことを思うに、偶然とそれに付随した必然的努力はあなどれないと思います。

 講義で触れた糖鎖の話も少々出てきます。ほら貝の研究が糖鎖生物学の事始めのひとつになっているとは、結果論ではありますが面白いと思います。  

 オリジナルの笠井先生の随想「江上語録」はTIGG誌面から購読することが可能です。

https://www.jstage.jst.go.jp/browse/tiggからEgami gorokuを検索)

 

※今年お会いしたときには、webに投稿した探日録を読むように勧められました。アフィニティクロマトグラフィーを応用して意外な発見に繋がったいきさつが紹介されています。

http://www.gelifesciences.co.jp/newsletter/tanjitsuroku/1407.html?utm_source=tanjitsuroku1408